うるさくてかなわない

最近めっきり涼しくなってきて、エアコンをつけずに寝られるようになった。
その一方、窓を開けて寝ているので朝の4時くらいから新聞配達のバイクがうるさくてかなわない。

最近ではチラシ目的で新聞を取っている人もいるらしいが、発行部数も減少傾向にあると言う。

そもそも「新聞」って、新しく聞くと書くけど掲載されている情報はかなり古い。
都内に配られる最終版(14版)の原稿締め切り時間は1時30分頃で、茨城などに配る12版では9時30分頃だ。

今、新聞各社が社員の残業代を節約するため最終版の廃止を検討している。
さらに情報の速報性が失われる訳だが、テレビやラジオ、ネットや携帯端末に比べて速報性がないのだからたいした影響もないだろう。

話しは逸れるが横綱審議会の委員で作家の内館牧子氏は大のプロレスファンでもある。
1999年、ジャイアント馬場が死亡したという、彼女にとってあまりに衝撃的なニュースを南米に赴任している弟にわざわざ電話したところ「もう知ってるよ」と言われた。
日本にいる自分がさっき知ったニュースを、地球の裏側にいる弟がネットを通じて既に知っていたことに馬場の死去と同じくらい驚いたと著書で書いている。

これでは新聞が速報性で勝てるはずがない。

今後は、テレビより詳しく週刊誌より早いニュースの解説や読み物を充実させて欲しいと思う。
そうすれば、朝早く配達する必要もないから、睡眠の邪魔をされる事もないかも。
Wiki-matsudo
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.26 2012 ライフ comment0 trackback0

年賀状

年賀状を買って来た。
デザインをどうしようかと考えるうち、今まで皆さんから頂いた年賀状を参考にしようと引き出しの奥から引っ張りだして来た。

大別して年賀状は3種類くらいに分けられるだろうか?

1 パソコンなどで印刷されたものに、ひと言添えてあるような年賀状だ。
2 プライペートで家族写真や子供の写真が印刷された年賀状。
3 絵柄は印刷されているものの、文面全部手書きの年賀状。

どれももらって嬉しいのだが、紙一重なのが写真入りの年賀状だ。

久しく会ってない友人の子供などは「大きくなったなあ」とか「親父に似なくて良かったなあ」なんて感慨もひとしおなのだが、会った事の無い子供の写真を見ても「、、、、、」って思ってしまう。

まあ、異論も多々あるだろうけど、一度でも会って話でもすれば親近感も湧くって事です。

同様に友人の両親の葬式なども、そう思う。
さすがに30越えたあたりから、どんどん死んでいくのだが、申し訳ないがやっぱり会った事の無い人の葬式には何の感情も残らない。
「友人も僕も学生で、お父さんが若くして亡くなった」なんて話は別だが、死んで不思議の無い年の人間の葬式ってのは、申し訳ないが故人への思い入れが無いと、こっちも印象に残らない。
去年遠くまで葬儀に行った友人の親は母親だったのか?父親だったのか?そもそも亡くなったのは親だったのかすら覚えていない。

ちなみに僕はfacebookなどでも同じように、アップされた家族写真は面識のある子供の写真には「おお~~」とついつい我が子のように「大きくなったなあ」などと画面に向かってつぶやいてます。
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.19 2011 ライフ comment0 trackback0

夢が無い

先週日曜から始まったTBSドラマ「南極大陸」

敗戦から10年、食べる物も何も無い時代だったけど、そんな時代だからこそ「夢」が必要だった。
このドラマを観て、今の日本に夢が無い事に思い知らされました。
敗戦国故の屈辱を味あわされ、国内では「予算」がないと言われた時代。
だからこそ「夢」を持つ事の素晴らしさを見事に表現していました。

まだ見た事もない「南極」の話を食い入るように聞き入る子供達の瞳。
大人達が現実に押しつぶされそうななか、「南極探検隊」への夢に少ないお駄賃を出し合って募金する子供達の姿。
涙が止まりませんでした。

僕は昭和40年代生まれですが、やっぱり未来への夢が日本中にあふれてた。
21世紀はどんな世界になっているだろう。
本に描かれる「未来予想図」に胸をときめかせたものです。

翻って現代は、、、、、

今の子供達に「夢」があるのだろうか?
それは、僕たち大人達にも突きつけられている問題かも知れない。
大人が夢を見ない社会では子供達も夢を見られないのではないか?

公開中の映画「はやぶさ」でこんなシーンがあります。
「出来ない理由を考えるより、出来る方法を考えよう」
確かに現実では出来ない事もたくさんありますが、今の日本人はやるまえからあきらめてしまっているのではないか?
出来ない言い訳を考えることに腐心していないか?

出来るか出来ないか解らないから、挑戦するんじゃないでしょうか?
夢ってそういうものだと思います。

あきらめている大人の背中から、子供達は何も学べないのではないか。
「南極大陸」を観て、そんなことを考えさせられました。
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.22 2011 ライフ comment0 trackback0

不謹慎だけど

友人達との話のなかで退職後の父親達の話題が出た。

退職後の父親達は、どこの家庭でもほぼ全員テレビ三昧の毎日を過ごしているらしい。
これと言った趣味もなく、近所に友達もなく、地域活動にも参加せず、ただただテレビを見ている。

こうしたテレビ中毒者に共通するのは、サラリーマンだった、地方出身者で近所に知り合いが全くいないなどだ。

僕の祖父達は元気だった。
高知の漁師町で、毎日海に出て、祭りや自治会の寄り合いに出かけ、ご近所で酒を酌み交わしていた。
傍目から見ても、楽しそうな人生だ。

ところが一転今の高齢者は生きる屍のようだ。
この前、平日の昼間に「カリブの熱い夜」なんて80年代に公開された情熱的な映画を義父が見ていたから、「面白かったですか?」と聞いたら「よく解らん、テレビでやってたから見てただけ」と言ってる。

本当に毎日つまらなそうに過ごしている。
暇を持て余しているくせに「ボランティア」のひとつもしようとしない。
それどころか一円の募金もしないくせにテレビを見て「可哀想だなあ」なんて言ってる。
まったく日本にとって何の役にも立っていないし、役に立とうともしない。

もう大都市近郊に住んでる60代以上の高齢者は死ねば良いのに。

不謹慎と言われるの覚悟で書いてます。

Wiki-matsudo
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.28 2011 ライフ comment0 trackback0

千早振る

「千早振る」
落語の演目なのだが若い頃にこの落語を聞いたとき、はじめから終わりまで全く理解出来なかった。
その後「百人一首」を知らないと、「千早振る」も全く理解出来ない事を知った。

笑いには知識やセンスがちりばめられている。
それが諧謔であったり皮肉であったりするのだが、観客にも知識やセンスがないと笑いが起こらない。
一昨年漫才コンビ「U字工事」がM-1に出場した際、審査員の上沼恵美子が「ネタがまったくわからない」と言ってた。
でも、僕にとっては「U字工事」のネタはツボだった。
先週、「秘密のケンミンshow」で大阪人は北関東3県の位置を正確に知らないほか、北関東3県が何県なのかも知らない、と放送していた。
なるほど、それなら上沼恵美子の言っている事も理解出来る。
理解出来るが、「何が面白いか解らない」と言った言葉は自分の厚顔無恥をテレビでカミングアウトしたようなものだ。

では、演じ手が観客のレベルまで降りていくべきか、観客がレベルを上げるべきか?
テレビで低俗な笑いが反乱してしまっている事を考えると、演じ手がレベルを下げているからだろう。

お笑いだけではない、最近では新聞もひらがな表記が増えて来た。
もちろん常用漢字に無い文字だからだが、果たしてそれでいいのだろうか?

「千早振る」
正直言うと、まだ面白さまでは解らない。
でも意味は解った。
今はこれで充分と思っている。

落語が僕に解るレベルに合わせてくるようじゃ、落語の魅力も落ちると思う。
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.24 2011 ライフ comment0 trackback0
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